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執筆者の写真Shunta Takahashi

ガッカリした後は何をすればいいか?

長く生きていることのメリットの一つは間違いなく「経験」だということを感じる(とはいっても29年しか生きていないけどね笑)。


なぜなら、経験から学びを得ることで、次に同じような事態に直面した時に乗り越えられるようになるからだ(学びを得ないと乗り越えられないけど)


その中の一つの経験の中で僕の人生観を作ったものが「不幸」というもの。不幸には当然だが程度の差はある。非常に大きな不幸もあれば些細な嫌なことだったり、様々ある。でも僕が最近特に思うこととして、どんな嫌なことがあったとしても、それは未来の人生の幸せというピースを埋めるための一つに過ぎないということ。


つまり自分が起こる全てのことは、その人生にとって必要でかつ必然として起こることなの

だ。それを最大限に生かすかどうかはあなた次第ではあるが、、、


営業をしていれば誰でも経験をすること


例えば営業を例にするとすごく分かりやすいが、自分がこのお客さんは絶対にクロージングできると思っていることがあるとする。それが、何日か経ってやっぱりペンディングでということは往々にしてある。


その時どう思うか?というと、すごくガッカリする。

でも、営業を長くやっていると、そういうお客さんの中の一部では数ヶ月後にもっと大きな案件になって引き合いがくるというケースがある。

つまり未来においてはラッキーになるのだ。


また、その時の経験から学んで同じような失敗しないようにした結果、次に提案するお客さんで非常に大きな案件をクロージングできたりということもある。

このように目の前に起こるガッカリな出来事が未来からみた時にラッキーということになったりする。ということを考えると、今起きていることがいいことか悪いことかなんて判断はできないということがわかるだろう。


だって未来によってその現在の捉え方が全く180度変わってくるから。


就活で全部落ちて良かったと思うこと


僕のケースでいえば就活で元々商社や投資銀行を志望していたが、全て落ちてしまったということがあった。その時は凄く悲しかったし悔しかったし、人生はもうダメだとさえ思った。


でも、もし僕が大手商社に入っていたら20代で独立するなんてことはなかったし、人生について色々考えるようにはなっていなかった気がする。

ということを考えた時に、僕にとって人生のターニングポイントになったのは実は幸運だった経験ではなく、不幸だった経験だったのだ(今から思うとほんの些細な不幸でしかないが)。


この経験だけではないが、僕は人生の様々な場面で自分を成長させたり人生を良い方向に導いてくれた経験は実はいいことよりも悪い出来事の方が多かった。


だから今では嫌なことがあったときに、これはどんな幸せに変換されるのだろうか?ということを思ったりさえする。そうなると人生はいい事だらけなので、凄く楽しい日々になる。

もしあなたが直面している不幸は、実は不幸ではない。あなたがそう決め付けているだけ。だから自分を責めずに未来の幸福のピースを手に入れたと思って欲しい。それだけで世界がずっと広く見えてくるから。

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